拙作ミステリーについて──葉桜照月のあとがき


 

Q.うっせぇうっせぇうっせぇわ あなたが思うより?

  ①玄宗帝

  ②乾隆帝

  ③宣統帝

 

 こんにちは。葉桜照月です。

 本日、本HPにて三文文誌2021年度秋号が発表され、拙作「罪を望んで、悔いのみ残り」も公開されています。

 

 闇鍋配信をしていたVtuberが放送中に毒を盛られて死亡。その謎に挑む話です。

 私にとって初めてのミステリーへの挑戦で、本サークルのミステリー先駆者(南風先生や芋粥先生)や実母(クリスティ、横溝正史、A.エルキンズが好き)には構成について多くの助言をいただきました。なにせミステリー知識がオリエント急行とまだらのヒモとコナン君しかないので、ミステリーに不可欠な「読者に対してフェアであること」が保たれているのかさっぱりわからないのです。なお、肝心のトリックなどの部分については一切誰の相談も受けていない(知識増強の為に毒殺そのものについてはいくつも相談をしました)ので、穴があったらご容赦ください。私が入ります。

 

 ここに拙作の感想を載せているのは、「あとがきを書くスペースとしてチラ裏って良くね?」という発想が30%ほどで、残りは書きたいことがあったからです。

 もちろんそれはミステリーについてなのですが、先に普通のあとがきも書いておきましょう。

 Vtuberの小説を書いたのは今回で2回目です。以前の拙作『Vtuber卒業、中の人の感傷』ほどVtuber要素を前面に出しているわけでもないですけど。ちなみに、藤川和花こと天道測理の中の人は、前作に出てきましたね。あの時からは微妙な設定変更があり、モデルになったVtuberが変わっています。社長として業務管理をしてますが、Vtuberとして配信もやってる……割とモデルは分かりやすいかもしれませんね。そういえば、最後の方で示唆される「今は社畜してる、藤川の友達の元企業勢Vtuber」とは、一体……?

 

 ……ミステリーの話をしましょうか。

 さて、ちゃんと自分の手で書くことを心に決めていた私は、トリックの一切を、発表の瞬間までとうとう誰にも打ち明けませんでした。誰にも相談せず、誰の教授も受けずに書くと決めていました。ですがそれは、発表後に「お前これじゃダメだよw」みたいに言われるリスクと戦わなければならない、ということを意味しました。

 例えば、この毒じゃこんなに早く死なねえよ、とか、この毒じゃこの症状は出ねえよ、という指摘。使いたい毒はどんな毒で、どういう効能があって、潜伏期間がいかほどか。致死量は適切か。使いたいのが自然毒だったので農水省や厚労省のページには散々お世話になりました。

 他には、コナン君で感覚麻痺しているけど、冷静に考えてそもそも警察じゃないやつが調べまわるのはおかしいし、もっと言えば事件現場に警察でもないのにずかずか上がり込んで勝手に事情聴取して勝手に犯人当てをしだすとか、むしろ怪しさの極みじゃないですか。推理ものほぼ全否定ですが、突き詰めれば現場で犯人を当てる必要自体どこにあるの? 証拠は法廷で提示しろやって話だし。

 他にもいろいろあるのですが、要するに自分は、「突っ込まれないために、リアリティを極限まで追求する」ことを目指して書いていました。そしてそのためにありとあらゆる情報も集めました。

 その結果、「現代では警察の科学捜査があまりに優秀なので、殺した時点で逮捕確定。よってすべてのトリックは無意味」ということがわかりました。現代科学の前には探偵なんぞ無用の長物以下というわけです。

 でもそれじゃ意味がないじゃないですか。僕は人を殺したいんです(もちろん小説の中でだけですよ)。

 

 そこに来て初めて、自分は折衷という言葉を覚えたのです。妥協という言葉を辞書登録したのです。

 でも、リアリティが維持できそうなところは徹底的に維持してやる、そう思って書きました。ぜひ、読んでください。

 

 

ここから先、いくつかの裏話をしていきますが、重大なネタバレを含みます。ジャンルがミステリーですので、ネタバレは致命的です。未読の方は見ないことを強く推奨します。

 

 

 

 

…警告はしましたよ?






ちょっとした回想(微ネタバレ注意)


 

作中で使用されるトリカブトなのですが、このトリカブトの致死量が、資料によってだいぶ違います。

・半数致死量0.3g(『毒物犯罪カタログ』国民自衛研究会、1995)

・0.003-0.005gが半数致死量とされているが、実際には1gは摂取しないと死なない(『危ない28号 第1巻』データハウス社、1998)

・植物の推定最低致死量は1センチ(『危ない28号 第3巻』データハウス社、1999)

・ヒトの致死量は3~4mg、トリカブトの葉約1g(tenki.jpの2016年の記事)

・根をほんのすこし食べただけで死ぬ(国土交通省北海道開発局)

・アコニチンで2-6mg(厚生労働省)

・半数致死量は0.1-1g(Wikipedia)

・マウスへの皮下注射における半数致死量は0.308mg/kg(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)

 

 

ただ、実際には0.3gなのではないかと考えています。一番下の0.3mgは「マウスの」「皮下注射」でしかも「体重1kgあたり」の致死量だというのですから、これを考えれば50kgで15mg、人間の経口投与ですからおよそ倍と考えて30mg。これはアコニチンの致死量であって葉っぱではないので、葉っぱのうち毒の成分が10%(たぶんこれでも相当高いと思います)だとしたら葉っぱ換算で0.3gとなり、一番上のデータと一致するんですね。

 

 

まあ、要するに、アコニチン5gもあれば何の疑いもなく確殺! 100円玉が4.8gなので、これでもビビるくらい少量のはずなのですが、厚生労働省様のご提示なさる致死量の1000倍もあります。これで死なんやつおらんじゃろ。厚労省の数値が体重1kg当たりの数値だったとしても楽勝楽殺。葉っぱから生成した粉がゴミ過ぎてアコニチンの純度が5%しかなくても余裕。この2つのインシデントが重なってはじめて本来提示されている半数致死量ぐらいになるという安心安全のバッファ。逆に言えば、トリカブトがどれほど恐ろしいかというのが誰の目にも明らかなヤバさです。

 

 

 

 

 



以下、ネタバレ注意(重大なネタバレ有り)


 

そういえば、初期の計画では鹿島と赤羽根の両方が安達に殺意を向けていました。

要するに動機の面の設定があまり確立されていなかったのですが、その時は、以下のような展開を考えていたのです。つまりこういうことです。

「鹿島が毒を持ってきた。赤羽根がそれに気づいた。そこで、赤羽根は鹿島の荷物のうち毒(トリカブト)とニリンソウを取り換え、自分で殺した。鹿島は取り換えられたニリンソウを自分で持ってきた毒のトリカブトと思い込み盛赤羽根は普通に毒を盛った。鹿島なんぞではなく自分こそが安達を殺しおおせた、という確証と満足感が欲しかったのだ」

 

ではここで疑問が一つ。このとき鹿島は、罪に問われるのでしょうか?

 

僕の答えは、「問われない」でした。不能犯として扱う予定でした。不能犯はそもそも行為をどう頑張っても結果に結び付けられないため、未遂が成立せず罪に問われること自体ない、という考え方です。

 

ではそいつは本当に不能犯なのか、一切罪に問われる要素はないのか。

これがいちばんの悩みどころでした。

 

 

不能犯か、未遂かの認定の線引きは曖昧で、専門家によって立場が分かれます。

 

 例えば、「強盗が銃をもって夜の店に押し入り、人影を確認し殺意をもって撃ったが、マネキンだったのでマネキンが壊れただけだった」とき、殺人未遂が成立すると思う人は少ないでしょう。だってマネキンだったんですから。

 

でも、「強盗が盗みを働こうとして通行人の口を押さえ、ポケットに手を入れたが、何もなかったため盗めなかった」事例では、強盗未遂が成立すると思う人は、マネキンの例よりも多いでしょう。実際こちらは裁判で強盗未遂が認められています(大判大 3・7・24 刑録 20 輯 1546 頁2)。この間には何の違いがあるかと言うと、後者では通行人は一般的には懐中に物を持っていて、今回はたまたま何も無かっただけと判断されているのです。

 

他にも、「海上保安官の携帯する拳銃を奪って撃ったが、弾が入っていなかったのでそもそも発射されなかった」は不能犯になりますが、海上保安官を警察官に変えれば立派な殺人未遂です(福岡高判昭 28・11・10 高刑判特 26 号 58 頁)。経験的事実として、「通常、警察官の拳銃には弾が込めてある」からです。つまり「弾が込めてなかったのはたまたま」、というわけです。海上保安官は拳銃と実弾は別々に所持しているのが通常ですから、こうはなりません。

 

 

 大塚(2017)によれば、判例実務におけるこの種の判断は、二つの段階に分かれます。

第一に、なぜ結果が起こらなかったのかを、客観的に存在するすべての事情から科学的・客観的に解明する。

第二に、どんな事情があれば結果が発生し得たか、その事情が起こる可能性がどの程度あるのかを判断する。この可能性が科学的見地からありえないのならば不能犯、あり得るのならば未遂犯とされます。

 

 この考え方に則ると、初期案での鹿島愛の行動は、第一段階でそもそも盛ったのが毒物でないこと、第二段階でニリンソウはどう食べ過ぎても致死性がないということが判断され、よって不能犯である、と私は判断しました。

 

 ただ、仮に第一段階を赤羽根翔子がニリンソウに取り換えたからだとすると、第二段階では赤羽根翔子が取り換えなかった可能性を考えることになります。赤羽根翔子が取り換えるには、①鹿島の計画に気付き、②取り換えようと考えるという二つの条件が必要になります。このうち②については、赤羽根翔子は「自分で殺した」という確信が欲しかったことを明言していることから、①が満たされるなら②は当然やるでしょう。問題は①です。①がなかった場合取り換えられる可能性はほぼないですから、この辺は厳しく精査され、僕の論には問題があり不能犯と認められないかもしれません。

 

 調べまわしたところ、後者の考え方はどうも正しくなさそうで、結果として鹿島愛が盛ったのはただのニリンソウだから不能犯、だと思うのですが、そうあれかしと望む僕の色眼鏡である可能性は否定できません。否定できなかったのもあって、この初期案は変わっていったのです。