6月10日・14日 批評会

キコウ「かなしみ」「子どもであったわたし」

作者挨拶

 

批評

①「かなしみ」の方は情景描写と感情表現の境界線が上手くぼかされていて、どこの誰にでもある憂鬱がきちんと表現されたものになっていると感じた。作者さんの解釈を聞いた後は、それが街のもつ問題として位置づけられていることを理解できたが、都会特有の問題を強調したいのであれば、故郷の回想などを混ぜてコントラストをわかりにくくするとともに、二項対立できちんと都会の特徴を定めて執筆する必要があると思った。「子どもであったわたし」については色彩表現が上手く、「かなしみ」以上に対照性が強調されていた点も好印象。ただ、これも時間軸としての比較の意識が強く働いていて、空間的な問題として説明を受けた時には、もう少しその点を強調すると良いのではと感じたが、これは好みの問題なのかもなとも思う。ただ、都会、田舎の比較軸が「ひがみ」との評価がなされていたが、これは違うと思われる。第一に、作者さん自身、都会―田舎の比較軸が自分自身のノスタルジーによる価値づけであることをどこかで自覚しているように、作中からも感じられる。第二に、やはり一般論として都会は洗練にして荒んだイメージが、田舎は雑多にしてぬくもりのあるイメージが伴っており、良しあしの評価以前にそうしたイメージはどちらの住人にも共有されていると思われるから。

 質問事項について。詩は抽象的な意識・思想の共有、小説はそれを具体的な物語に変化させたものと考えている。小さい頃のことは反省するにせよ追慕するにせよよく思い出す。

 

②「かなしみ」は作者の意図を聞く前後で詩の厚みに差が生まれているような感じがする。門外漢なので具体的な塩梅が分からないが、もう少し感情をストレートにむき出しにする手段があるような気もする。「人もみな枯れ木だ」という表現がふと出てきた感じを受けたが、作者の意図を聞いてから理解できたので問題かなと感じた。「望みが失われた」など、上京した際の「むなしさ」そのものは極めてよく表されているのかなと感じた。ただ、「田舎にかえりたい」という気持ちに解釈するのは難しい。細かい点だが、空虚さを表すためには「悲しみ」と漢字で表した方が空虚さをうまく表せるのではないか。感想になってしまうが、「子どもであったわたし」については最終連の表現の連続が、係り受けを不明瞭にすることで解釈の余地を残しているあたり、小説ではできない詩独特の表現だなと感じた。

質問事項について。詩と小説の違いを考えた時に、小説は計算の、詩は内省のウェイトが重いのかなと感じた。自分は小説の方がよく個人的には幼少期は思い出すものになっている。幼少期の自分と今の自分を比較することはないかな。子供時代というのは「子どもである」ということ以外に価値がないと思っているので、子供時代は「しょうもなかったなぁ」という印象を持っている。ポケモンの進化を考えればよくわかる、如何に過去が懐かしいとは思っても、リザードンをヒトカゲに戻したいと思うことは無い。

 

③イメージの変化について、「かなしみ」は建物と、「空と木」のコントラストは意図を聞く以前からよく伝わってきた。「子どもであったわたし」については「瞳」が漢字で表されている

 

④「かなしみ」については、奇数連が客観具体、偶数連が主観抽象になっており、周囲と自分のコントラストが都会の冷たさを上手く表していると感じた。元の居住環境の情報が少ないところが残念。「伽藍」と描写された空が田舎の懐かしさを一応表しているのかなとは思う。

「子どもであったわたし」については、平仮名の使い方が子供時代の回想であることをきちんと表していて面白いとは思ったが、バランスの問題は考慮する必要がある。ひらがなはやわらかさを表しうるが、漢字は意味の質量が伴う。この点についてはこの詩はとてもうまいのではないか。

質問事項について。高校時代に一度書いた時には、テクニック重視で書いてしまい、自分の思いのたけをぶつけるような詩は作ってこなかった。なので、技巧的にもジャンル的にも「とても難しい」という印象を抱いている。今の自分を貶めるために幼少期の自分と今を比べることがあるが、己の過ちの酷さに悲しくなるので頻繁にはやらない。ただ、幼少期ではないにせよ、過去の自分に対する自己反省会をやることはある。そう思うと幼少期の自分は幻想なのかもしれない。都合のいい部分しか持ち出さないという点ではただ

 

⑤詩というものは是非を議論するものではなく解釈をめぐるものだと思う。「子どもであったわたし」は連が進むごとに成長と、色彩の喪失が過渡的に表現されていて、成長に伴う悲しみが上手く表れていたと思う。「かなしみ」もとてもいい作品だと思う。雑踏やビルは手段としての中身のない生活をうまく表しており、そこに悲しみという表現を添えるのはしっくりくる。二連目も悲しみがよく表れており、特に「かえりみず」の表現が涙を想起させており深い感動を呼んでいるイメージがある。三連目もよかったが、「伽藍」という表現は都会の終わりのない生活と重なるところがあり、田舎と都会のコントラストが結局は虚構のものであるという印象を受けた。

 質問事項について。幼少期は転校したことで交友関係に後悔やなつかしさを思い出す象徴になっている。

 

⑥最初に読んだときはとくに都会や田舎というイメージを想起することは無く、現状への違和感や悲しみを描いたのかなと感じた。「かなしみ」については静かさを想起させる描写が多かったなと感じた。「子どもであったわたし」については連の構成などを利用した表現に詩ならではの面白さを感じた。「ぐつぐつ」という擬音をかなしみにぶつけていくところに才能を感じた。

 質問事項について。詩はよく知らなかったが、今回の作品を読んで、物語よりも感情の「一点」に刺さるものなのかなと感じた。幼少期については美化したものと今の自分を比較することがある。

 

⑦二作品はつながる点もあり、一方で対照的なものでもあるのかなと思った。二作品をうまくつかって一つの世界観を表すという技法は詩の独自性をうまく表しているのかなと思った。「瞳」論争に関しては、あの「瞳」は今の瞳を表しているから漢字でいいのではと思った。読み手にとって、過去の故郷の様子は無音の空間として存在している曖昧模糊としての存在なのかなと思った。

 質問事項について。高校のころ「ilka」というアプリで、匿名で詩を作りまくっていた記憶があるが、個人的には文字に表せる究極の感情表現かなと思っている。幼少期については、純粋な頃の感覚を思い出したくても思い出せないというじれったさを楽しむものなのかなと感じた。

 

⑧全体的にスローテンポな詩だなと思った。静かな雰囲気の詩なので割と好き。自分にとって詩は「よくわからん独り言」という感覚が強く、今回も多少理解できない部分もあった。これは詩の「情報量の少なさを味わう」という特徴のゆえであろうと感じる。「かなしみ」はまるで自殺を示唆するかのような暗いイメージが強かったが、上京後の不安と聞いて納得した。東京は自分にとっても選択肢が飽和して手の付けづらい空間という感覚が強く、その辺りは共感した。「子どもであったわたし」のほうにはよくわからんなという違和感があった。ただ、詩を読んだ当初は上京などというイメージを受け取ることは出来なかった。解説を聞いた後も完全に理解していない感覚が強い。都会にも田舎にも良さがあるので都会の人にはぜひ田舎にも行ってほしい。

 質問事項について。子供時代のことにかまけていられるほど余裕はないが、漫然と思い出すことがある。

 

⑨正直自分の中にはあまり残らなかった。詩は好きで詩集もよく読むが、自分にとって詩は「言葉遊び」で、印象に残るフレーズがあるかどうかが大事な文芸なのだと思う。「かなしみ」の方は特に残るものがなかったような気がするが「子どもであったわたし」の方は色のコントラストやオノマトペの使い方が興味深いと感じた。「かなしみ」は作者さんから話を聞いてイメージが大きく変わった。

 質問事項について。幼少期と現在を比べることはよくある。

 

⑩レトリックが素晴らしい。比喩や印象深い擬音が上手く使われていて、とくに「子どもであったわたし」の方はまるで子供時代にさかのぼれそうな印象深さがあった。

 質問事項について。幼少期と比べることもあるが、今も幼少期も天真爛漫で無邪気に生きていきたいと思っています(笑)。詩に対して特に強い印象はもっていない。

 

⑪正直地方出身の人の蔑視に近いと思う。都会だろうと田舎だろうと

 質問事項について。詩は小説と比べて読者にゆだねられるウェイトが大きいのかなと思う。幼少期はよかったと思う人と悪かったと思う人がいると思うが、個人的には幼少期が黒歴史になっているので、あまり思い出すことはしない。

 

⑫「かなしみ」の方は最後の一文以外はよく理解できたが「伽藍」のところがちょっとよくわからんかったなという印象。最初は個人的な感情に根差しているものかなと思っていたが、都会や田舎という話がされたことで腑に落ちたところはある。自分は田舎から出てきた不安というのが分かりづらいので、やや共感しにくくなってしまった部分もあるが。

 質問事項について。詩は感情の発露というか、滲み出たものを言葉にするツイッターみたいなものかなと思う。過去はたまにしか振り返らないが、比べることもある。小さい頃はあとから後悔するようなことを一杯やってきたなと思う。

 

⑬自分も田舎から出てきたので筆者さんの気持ちはよくわかる。都会に出てきて色の数が減ったなと思う。都会は洗練されているけど、田舎は鮮やかだと思うので、色のコントラストはすごく納得できた。

 質問事項について。詩は一番ダイレクトで、一番遠回りな感情表現だと思う。ダイレクトさは時に個人的で抽象的なものになってしまう、アクセスのしやすさを度外視した文芸だと思う。

 

 

彩瀬夏樹「塗りつぶされた白黒」

作者挨拶

「恋愛におけるハッピーエンドは成就だと思いますか?」この作品を書くにあたって、友人の大学デビューへのショックが動機になっている。恋愛を重ねたところが混ざり切っていない部分があるのでそこは特に問題かなと感じている。なんでもいいのでコメント質問追加「あなたの失恋の色は何色ですか?」

 

批評

①率直に言って極めて完成度が高いと思う。大きくテーマと描写の二点に分けて考えていくと、第一に短編で必須のコントラストの軸が明らかだという点。色彩というテーマと、キャラクターの時間経過に伴う変化の対比がすごく上手い。第二に、台詞や描写の質量が重たい。一つの言葉が複数の役割を果たしていて、文章量に比しての内容の密度が濃い。言葉の選び方や文の組み方に執筆上の計算が満たされており無駄を感じる部分が少ない。あと小さいポイントではあるが個人的には言葉はこびのリズムが良いと思った。ストーリー展開の魅力とそれを文章にする実力がきちんと備わっていて素晴らしいのだが、あえて改善可能な点をいくつか挙げてみる。第一に、一人称作品に対してはかなりハードルの高い要求ではあるのだが、主人公のキャラクターがいかに彼女のハートに響いたかという点に言葉が尽くされていなかったかなと感じた。もうすこし女にとっての主人公の魅力が台詞のやり取りから伝わってくると、変わった自分と変わらない彼女への幻想という横軸が見えやすくなるのではと思った。第二に、テーマがやはりありきたりにすぎたかなとは感じた。とくに色彩をテーマにする作品で、彼女の作風が様々な色彩に特徴づけられるものであれば、陰陽キャ二項対立みたいな作品に落してしまうのはちょっと安すぎる。あと細かい点だが、シーンの盛り上がりに合わせてことばの質量を調整してほしい。あとすごく細かいところなのだが、冒頭の「信じたくなかった」は「信じられなかった」にした方がネタバレ防止になるのではないか。

 質問事項について。成就が必ずしもハッピーエンドだとは思わない。失恋の色は失恋ごとにイメージがあるが、こないだのはバニラ色。

 

②春号の中で一番好きな3ページ。五十年に一度の名馬のレースを見ているような感じがした。小説は幹と葉で構成されているが、この小説は幹が完成されていて批評されるべき部分が葉にかかわるところにしかないのかなと思う。自分が目指している一つの形かなと思う。一人称作品として、主人公の作品にうまく乗り切っていると感じた。とにかく言語化できないほどすごいと思った。個人的には現在を先頭に持ってくるのはとくに大きな効果を持っている感じはしなかったし、先頭の描写の完成度が高すぎて、もう少しぼやかしてもいいような気がした。描写が綺麗だという点はすごくいいなと思う。過去のところで白黒と彼女を結びつける根拠がやや薄いかなと感じたのでもう少し白黒のイメージを結び付けてほしかった。過去についての言及が全体的に少ないというのも其の一因であるような気がする。過去の萩原さんのキャラクター性は会話ににじみ出ていると思うが、現在のパートで会話が少ないのでもう少し会話やしぐさから人の変貌の様相を伝える努力はしてもいいかも。最後の展開もポンポンと展開していった印象を受ける。これはこれでいいのかもしれないが、これまでの流れからするともう少し重みのある文章を出した方が良いと思う。恋に恋するお年頃なので、萩原さんの本質は極彩色ではないと思う!(一同爆笑)抜けるような青空について、赤と近くに置かれていたことで描写の良さが際立つなと感じた。

 質問事項について。恋愛小説のハッピーエンドは成就ではない気もする(恋愛のハッピーエンドは成就だろうが)。失恋は経験がないので無色で。

 

 

③表現がとても良いと感じた。とくに「視界が桃色になる季節」という色の表現がすごくいいなと思った。ただ、彼女がなぜ「周囲に溶けていってしまったのか」をもう少し経緯立てて説明してほしかった気はする。過去の彼女を白黒で表現するのはもう少し徹底してほしい。「赤い唇」は……。はやく作者さんの次回作を読みたい。

 質問事項について。恋愛小説のハッピーエンドは成就ではない。失恋はそのあとダメージ引きずる毒だと思うので紫のイメージがある。

 

④表現の綺麗さは切子のような綺麗さを感じる。色彩があるのに透き通っているイメージ。「朱に交われば紅くなる」を地で言っている小説だなと感じた。一番最初に現実を持ってきて、そのあと回想を持ってくるという構造や、最後の二行でのテーマ集約という試みは成功しているように感じた。赤黒論争については、やはり赤と黒の配置自体は別に伏線ではないのかなと思う。ただ、赤黒の刺激的な組み合わせは美術的な失敗を印象付けているのかなと思った。

 質問事項について。恋愛の「成就」をどう定義するか、あるいは「ハッピー」というのは難しいと思う。結末だけでなく、そこに至るまでの内容によって、あるいは視点によって評価が変わる気がする。失恋は水色。昔文通をしていた女の子から水色の便箋で手紙が送られてきていたが、喧嘩した最後の手紙はルーズリーフでした(一同爆笑)。

 

⑤丁寧な描写、台詞の無駄のなさと適切なリアリティが上手く表現されている。圧倒的な欠落が存在しないところがこの作品の良さだと思う。過去と未来との配分も、テンポが良くてあっさりとした恋愛模様が伝わってきてよかった。過去の幻想と現実への幻滅が上手く表現されている。彼女と自分の比較の積み重ねがラストへの伏線として働いているのが上手いと思う。また彼女への印象は全て彼のフィルターを介したものであって、そう言う意味でも思春期の浮足立った甘い思い出と現実を前にしての挫折をうまく表していると思う。「失恋は何色」の台詞も文の流れの中で巧く表されていると思う。ただ、現在の時間で彼女の方から主人公に話しかけているところがちょっと違和感があった。ストーリーの運びはすごく面白かったです。あと、彼女の絵の独創性を伝えるのに赤という色を使ってしまったことに対してちょっと違和感があった。細かい点だが、「コーヒーを嚥下する」にかかる「女に倣って」がどこを引いているのかちょっと気になった。

 質問事項について。恋愛小説のハッピーエンドは成就ではないが、別離にせよ心中にせよ相互理解ではあると思う。失恋は黄土色です。

 

⑥中高時代は美術部に入っていたのだが、ヒロインの絵の具の置き方の感覚などに共鳴するところがあった。自分はそれを周りに理解してもらえなかったが……。最後の極彩色に生まれ変わってしまったことのカタストロフィとか、最後の一行とかが作品を総括する作用があったと思う。個人的には改行までに句読点の混じりが多いのでちょっと違和感があった。ぽつぽつとしゃべるのであれば改行を入れるとかすればいいと思う。個人的には会話のトーンでコントラストを出すのでもいいかなと思った。独創性に赤を使うことが問題であれば、水墨を用いるなどの工夫をすると良いかなと思う。画材に独創性を持たせると色に依存しなくて済む。ただ、赤と黒の絵を描いていた彼女に対する「白黒」はあくまで男の幻想であるともとれる。

 質問事項について。恋愛小説におけるハッピーエンドは成就ではないと思う。ハッピーは幸福になることだから。

 

⑦全体を通じてまとまりのある作品だなと感じた。テーマもとても身近で、自分にはできないなと感じた。タイトル含め、細かいところに色への言及があって芸が細かいなと思った。現在の部分で「萩原さん」と「女」の呼称がが混じるところが上手いなと思った。白と黒は極めて近似した色だが、彩色の対比は白と黒の対比よりも強くていいと思った。それ以上に、「赤と黒」という取り合わせはもしかしてスタンダールのオマージュか?

 質問事項について。メリーバッドエンドが好きなので、成就=ハッピーエンドではないと思う。

 

 

⑧作品が構造的に作られており、対比もきちんとなされていて理解がしやすかった作品だった。状況説明もかなり読みやすくてよかったと思う。萩原さんの描く絵が行き当たりばったりだという設定が、周囲に順応してしまった現在の萩原さんのギャップにつながっていてよかった。現在の萩原さんが絵を描いたらどんな風になるのだろう。実はまだ萩原さんに恋愛感情が残っているのではと個人的には思った。

 質問事項について。やはり恋愛小説のハッピーエンドは成就ではないと思う。

 

⑨初めて読んだとき極めて完成度が高いなと思った。季節の表現とか語彙力が高いなと感じた。すごいなの一言に尽きる。

 

⑩質問事項について。恋愛のハッピーエンドは「日本においては」成就かなと思う。日本の恋愛映画はくっついて終わりだが、アメリカとかでは交際からスタートすることが多いと思う。

 

作者感想

 

 すごくありがたいコメントをありがとうございました。頬や唇に色彩を載せたのは、彼女の大衆化への伏線を表しているつもりで描いていた。現在の萩原さんには恋心は残ってる設定です。「女に倣って」のところは、コーヒーの黒を白黒要素として出そうと思ったところなのだが、ちょっと描写不足になってしまったかなと思う。赤と黒は不安や先行きへのぐらつきを出したかったのと、口紅とのコントラストを出したかった。空と赤の取り合わせは特に意識しなかった。呼称の方は意図的です。「赤と黒」読みます。