4月5日・8日 批評会

お久しぶりです。批評会議事録の提出が遅れたせいで会員に半殺しにされた二年編集の宍戸です。4月5日および4月8日の批評会記録を掲載いたします。

 

作品リンクはページ下にございますのでまだご覧になっていない方は、ぜひ先に作品の方をご覧ください。

 

①中根辰榮「飯店の一日」

作者からの挨拶

「執筆に際して文章量を多くしたいと思った際にどのような文章を追加しますか」勢いで書いたので評価が楽しみです。ぜひいろいろ指摘してください。質問は今後の作品に生かすために設定したものです。

批評

・内容よりも文体にとても興味をひかれた。文体が古いのに現代に通じる作風だった。会話のテンポの良さとか。昔の作品だともっとのんびりしているようなイメージがあったので、現代文学の蓄積をきっちり生かしている。オノマトペを交えて一文書いている箇所には当時の作品と合っているのかなと思った。

・とても好きです。会話もするする読める感じ。主人公が考えていることがぼんやりしているのに会話がスムーズで読みやすい。

・三点リーダについては当時は一つだったのだろうか。気になる。

・憐憫の情とか構成の小回りが利いていて良いなと思った。文章量を増やす方法に悩んでいるんだろうなと思った。展開を妨げないように文章量を増やすためには視覚的な情報を増やしていくといいと思う。とくに一人称チックな作品だと心情描写が増えがちだから気を付けるといいと思う。

・主人公の考え込む癖、そのことによって外界から置いていかれることの焦燥感が作品内での具体的な描写を通じて巧く表現されていた。作品全体の寂しげな雰囲気が上手く出ていた。オノマトペはあまり好きではないのだがこの作品については一つの抑揚になっていてよかったと思う。「読者のため」の情報を増やすことが文章量増加のためのコツにもなるし、作品の面白さも向上すると思う。

・テンポの良い会話の中にポンとキーセンテンスが放り込まれていて作品の流れがつかみやすかった。雰囲気がすごく好きです。

・店のおじさんが未来ある若者に置いていかれることへの不安がうまく表現されていたと思う。

・生きることに追われている人間の辛さがよく伝わってきた。次のことに追い立てられるシーンが描かれていて、生きる辛さとか文化資本とか考えることが多くて面白かった。

・長々と考えこめないっていう状況に置かれている人間の様子が、外界に介入されることによって中断されるというシーンで象徴されていた。文章量を増やそうと視覚表現に重きを置きすぎるとそういうシーンの重要性が低下してしまうので、あらたに付け加えるといいと思う。

・昔の文体を使おうという意識は良いと思うので、「作者」も一つの登場人物として位置づけると面白いと思う。文豪小説のように作者が急に顔を出すというテクニックを使えれば、心理描写も巧くできるのかなと思った。

・文章量を多くするためには景色などシーンの描写をしっかり入れていくといいと思う。店の中の会話のシーンでも、人物の動きや様子がはっきりしているといいと思う。会話のテンポが良い一方で、旧い文体であるせいか若干わかりにくい箇所があったので、もうすこし内情描写などでフィードバックした方が良いと思う。文章量を増やすなら、もっといろいろなことを描いていくといいと思う。

・文章量を増やすための情景描写の挟み方をミスするとスピード感を殺す可能性があるので、初めに纏めて長めの情景描写を入れるといいと思う。

・文章量を増やす→情報量を増やしたい、ということであれば、情景描写と心理描写がリンクしているシーンを増やしていってあげれば全体として情報量が増えるのではないか。

・文体が古くて「読みづらいのではないか」と思った一方で、繰り返し読みかえしたくなる魅力があった。内容も難解でなくしっかり理解できた。小さい「つ」が変換されていない箇所があった。最後の注も初めはなじめなかったが「古い文章の引用」の体裁を整える小道具だと考えれば納得ができた。

・第一印象が夏目漱石っぽいと思った。「草枕」のように、きちんと思索しているのにぶつ切りの文章として出てくるあたりとか。注が独特の雰囲気を醸し出してて好き。注5とか岩波文庫っぽい。本編の外で舞台設定をするという発想が斬新だと思った。

・楽しく読めた。内面の描写が詳しく読み応えのある一方、風景描写を詳しくやってほしいと思った。

・擬音がカタカナで書かれているところがかわいい。日常の虚無感が上手く表現されていた。

・面白い理由として、文体の古さがあげられるが、現代のエッセンスを注入するなど、独自性を出していくともっと面白くなると思う。執筆における文章追加でいうと、一つの出来事にいろいろと拘泥する部分を増やせば作品の雰囲気を壊さずに文を長くできるのではないか。

・最後のページの末尾の結論よりも、個人的には直前の「斜陽」の描写の方が魅力的に思える。長々とテーマを書き連ねるよりも、バサッと描写を差し込む方が説得力あることも。光の描写が綺麗。

・「当時の口語体」を再現するという試みが面白いと思う。文章量を増やすために、作者の思考を挿入するというのも手だが、読者を辟易させないために、こまかい描写を増やして読者の想像力をサポートすると良いと思う。

作者から

 いろいろなコメントをしていただいてありがとうございます。作品はある曲での歌詞の展開をモチーフにしたのだが、モチーフに縛られるあまりうまく文を追加して行けなかったように思う。三点リーダはミス。オノマトペで平仮名にしたものは思考過程の中で出てきたもので、カタカナは現実で起こったこと。次回作で文体混ぜを実践したいと思う。今後もこういった雰囲気の作品を作っていくので良い長編が作れるよう頑張りたい。

 

②うっかりメイの実験レポート「幸福の証明」

作者からの挨拶

「キャラの印象を決める際に名前は重要な要素だと思いますか?」「あなたの好きな一人称の呼び方を男女別でお願いします」SFじゃないのでいつもと違うペンネームで書きました。この作品に固有名詞をいれなかったのは思い思いで空想していただければと思ったからですが、名前ははたして重要なのか気になっています。二番目のは趣味です。

批評

・最初しか読んでいないのだけど、最初の情報の出し方が唐突すぎて違和感があった。情報の出し方の順序を工夫するともっと読みやすくなると思う。

・最初ボクっ娘だと思わなくて少し混乱した。一人称を僕にするのは作品全体を大きく左右する問題だと思う。後半に大量の情報開示が行われる中で女の子であることをオープンすれば作品の質が上がるのではないかと思う。あえて僕にすることで「考えがあってそうしているのではないか」という誤解を招くかも。一人称はあたしが好きです(真顔)。

・名前はあってもなくてもいいかなと思った。象徴する要素が決まっているなら重要かなと思う。一人称はひらがなだと会話の質感が感じられて良いと思う。このキャラはサイコパスと描写されていたが、どこにその狂気の方向がむかっているのか、経緯などが薄かったように思う。農家のおばあちゃんの子供だましの言葉で女の子が狂気に陥っていくのはなんか皮肉だなと思った。きれいごとから出発して大きな罪を背負ってしまうという展開が好き。

・自分も何かのきっかけでくるっていくのではないかと思った。理解できないことへの恐怖が作品の魅力だとすれば、説明しすぎない方が面白いのではないかと思った。

・怖い落語というような印象。ペンネームとタイトルの楽しそうな雰囲気から、ホラーテイストへの突入が驚きで、結末の印象が強く残った。キャラクターによっては名前は重要だと思う。ものの名前の重要性も含めて特徴というのはあると思う。オラとかアタシャみないな一人称も面白くて好き。

・物事を俯瞰してみるタイプという点で、二人のキャラクターが一致しているのが興味深い。どちらもクレバーなキャラなので、最初の方にそういう描写を出しておくともっと盛り上がると思った。女の子の名前がメイちゃんなのかと思ったせいで読書中メイちゃんが頭から離れなかった。

・最後まで女の子だと気づかずに読んでしまった。「?」マークの後に空白を入れるといいと思った。逃走した理由とか狂気の理由とかがもっと知りたかった。サブカルだと僕っ娘は当然。キャラクターの印象や作風を決めてから名前を決めるので

・一晩で100人って厳しいと思う(真顔)。やはりペンネームについて、メイジが隠されているのか?(一同爆笑)短編では、そこまでキャラの情報を流す必要はないかと思うので、名前は要らないように思う。

・僕っ娘の行動にはくれいじーなところが多いので違和感はなかった。ペンネームと作品を結びつけるようなことはしなかった。それまでの話は女の子の語りにリアリティがあったのに、100人殺のところでリアリティが失われてしまったのは残念。自分を卑下するタイプのキャラクターが僕を使うのが好きです。

・この作品の第一印象として、コミックやアニメのワンシーンではないかと見まごうという点がある。一人称の強烈さや、独自の道徳観、長い回想など。コミック的情景が頭に浮かぶ。名前は重要な要素だと思う。安部公房の語りは無個性な「僕」でなされているが、名前は個性を伝える要素として重要なのだと思う。逆に言うとそういう名前に設定すべきなのだと思う。男子は「俺」、女子は僕っ娘が好きです(真顔)

・シーンの転換がスムーズにわかる。女の子の正体は突飛な気もする一方で、警備員の「嫌な予感」など、伏線はきちんと張られているようにも思える。後味の悪い展開は好み。一人称語りにすることで感情移入しやすくなるが、名前を付ければ個性が付与されるなど、使い分けが大事だと思う。男子は「俺」、女子で一人称「俺」を使ってたやつは鮮烈な印象があった。

・とても面白かった。病院から逃げ出したという設定のなかで、闘争に成功してたというのは面白い。「僕」女子がまともじゃないというのは共感する。名前があった方が作品の奥深さ、印象深さにつながると思う。男も女も「僕」が好きです。

・人間の死とはなにか考えさせられた。津山三十三人殺しや「八つ墓村」を連想する。自分自身が文体重めの作品を書いていることもあり読みやすく感じる。最後の結末「死」がすごくいいと思う。「犬神家の一族」のように「死」がもたらす重みは独特の魅力があると思う。普通の小説だったら人は複数いるはずなので、名前を付与することで人物の枠組みがしっかりしていいと思う。男は「おれ」、女は「わたし」が好きです。やわらかめの一人称が好き。でも僕っ娘はギャップがあって好きです。

・僕っ娘は秩序の破壊につながるからやばい奴がいるという印象。でも僕っ娘に悪い子はいない。素直だから。

作者から

いろいろ言ってくださってありがとうございます。書いているときには気づきにくかったが、主人公の思考回路はもっと丁寧に書いた方が良いと思った。ロジックとして「全員を幸福にする」→「幸福な状態をとどめる」→「自分が幸せ」→「自分の幸せのために殺害マシーンになる」という一人よがりの行動があった。そういう行動が誰かを幸せにすることはないということを伝えたかった。

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中根辰榮「飯店の一日」
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うっかりメイの実験レポート「幸福の証明」
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