4月が終わりかけているという悪質なデマが流れているそうですね。こんにちは、城寺流勝です。
さて、新入生号の締め切りが近づいているということで、今回は泥沼幹事長の用命で私が自己流の「5ページ以内の短編小説」の書き方をレクチャーすることになりました。
よりにもよって担当者が僕ということで参考になりそうな情報が死ぬほどなさそうな記事になりそうですが、「小説書くのなんて初めてだぜ!」とか「先輩はどんな風に書いてるんだろう?」とか「五月雨空星とかいう上級生が飲み会でうるせーよ!」なんて思ってる新入生に役立つ情報を残したつもりでございます。というか、短編の書き方は僕も教えて欲しいので、二年生以上の方で他にもレクチャーしたい方がいたら別パターンで記事書いて欲しいです。
今回は試しに「五月雨空星バラバラ殺人事件」というタイトルの短編小説を作ったので、どのように作ったかを説明したいと思います。
オチから考える短編小説の書き方。
1. とりあえずジャンルを決めよう。
まずはシンプルな話ですが「どんな話」を書くか決めましょう。
一言に小説といってもキュンとするような恋愛モノや、胸が熱くなる王道ファンタジー、知的好奇心をくすぐるようなSFに五月雨空星の悪口など、様々なジャンルがあると思います。しかし、たった5ページにいくつも要素を詰め込むことは難しいです。なので、まずはジャンルを一つに絞り込みましょう。今回は「サスペンス小説」を書きたいと思います。
2. 結末を決めよう。
次に決めるのは「オチ」、つまり小説の結末です。人によっては「結末を決めないで、書く方がキャラを自由に動かせる」なんて場合もあるそうですが、多くの方の場合結末を最初に決めないで小説を書くと締め方に無理が生じ、収集がつかないことが多いです。
なので、私の意見としては「結末を決めてから、小説を組み立てる」というやり方をオススメしています。今回は「五月雨空星という架空の人物が主人公の女性によって殺されてしまう」という結末のお話を書こうと思います。
3. プロットを書き起こそう。
結末が決まれば「プロット」の作成にうつります。
プロットとは、簡単に説明すると「小説のあらすじ」です。物語の簡単な流れを箇条書きで書き、本格的に文章に起こす前に一度ストーリーの概要を把握するために作ります。
僕の場合、プロットを元にして文章を肉付けしていく形で物語を完成させると、起承転結が綺麗に、また物語に矛盾が生じにくくなるので、短編を書く場合は必ず作るようにしています。
今回は以下のようなプロットを組んでみました。
【五月雨空星バラバラ殺人事件 プロット】
主人公の女性が血だまりで笑う描写から始まる。(当初は警察の取り調べから始めるつもりでした)
↓
事件にいたるまでの回想がはじまる。
↓
女性の五月雨空星さんへの異常なまでの愛を一人称で書きつつ、五月雨さんと主人公のそれまでの触れ合いを振り返る。(と同時に、主人公の内面描写を書くことでキャラクターを立たせる)
↓
主人公は五月雨さんに、ふられてしまう。
↓
振られたショックから女性はパニックに陥り、五月雨さんを殺すことを決意する。
↓
密室に追い込んで、五月雨さんを残酷に殺す描写。
↓
血だらけになった部屋で、五月雨さんの死体の一部を食すことによって主人公の女性は五月雨さんと一体になった気分を感じ満足する、という狂気の描写で物語は幕を閉じる。 了
プロットを書いたからといってそれに100%従う必要はなく「おおまかにこんな感じでしょ」ぐらいの気持ちでいてください。
また、僕のように語彙力や文章構成力が通常の人よりも不足している方は、プロットの段階で「書きたいものを絞る」ことが必要です。
見て分かる通り、「五月雨空星バラバラ殺人事件」の場合、プロットの段階で「主人公のキャラクター」を一番書きたいものにしています。
これに「あっと驚く殺し方のトリック」や「五月雨さんと主人公の楽しい掛け合い」、「失恋の悲しさ」「斬新なファンタジー的世界観設定」「人を殺すことは悪なのかという哲学的テーマの解決」といった要素も書きたいものとして混ぜてしまうと、ページ制限の影響もあってすべてが中途半端or話がごちゃごちゃしていて読みにくいという事態が起こってしまいます。最悪の場合「作者自身も何が書きたかったのかイマイチ理解できてない」なんてことも……
もちろん技量のある作家さんならこれらをすべて両立させることが可能ですが、初心者の場合書きたいものを絞り、シンプルな物語作りをすることをおすすめします。「トリック」を書きたいなたトリックをメインに。「テーマの解決」がメインならテーマの解決をメインにしましょう。
また、「あっと驚くような面白いストーリーが思いつかない」なんて悩んでる場合は「ストーリーが魅力の小説」を書くことを諦めて、「魅力的なキャラクター」「詩的で美しい文章表現」「ニヤニヤするようなギャグ」などの別の側面で読者を楽しませることを考えましょう。基本僕は「ストーリーはクソシンプルで他でカバーする」というやり方が好きです。
4. 書きたい場面から書こう。
さて、いよいよ小説を書いていきましょう!
はじめて小説を書く場合、最初の一文に困ると思います。「どんな言葉で始めたらいいんだろう」と迷ってしまい、気づいたら小説が書けないなんて方もいるのでは?
そんな方にオススメしているのは「自分の書きたい場面」から小説を書き出すことです。小説は書いていくうちに筆が乗ってくるものなので、まずはどの場面からでもいいから文章を書き始めましょう。
今回は多くの人が書きたいと思っているであろう「五月雨空星さんが、主人公によって包丁でバラバラにされる場面」から書き始めるのも良いと思います。
5. 主語と述語を近づけ、一文は短くするのが無難。
また、「自分は文才がないので、読みづらい文章を書いてしまうんです」なんて悩みを持った方もいると思います。具体的なレクチャーをすることは非常に難しいのですが、凝った文章を書くよりも「一文を短くする」ことが分かりやすい文章を書く一番簡単な方法だと思います。句点が3つ以上存在する文章はできるかぎり避けたいです。
例として以下の一文を、複数の文に分けて書きたいと思います。
例
血なまぐさくて真っ赤な包丁が私の大好きな空星先輩の肌にもう一度ズブリと突き刺さり、どんな高級なワインでもこのおいしさにはかなわないと思うほど濃厚な血液が私の舌に触れ、私は部屋の中央で幸せを感じていた。
→ 包丁がもう一度突き刺さる。私の大好きな空星先輩の柔らかい肌に。
傷口から噴水のように血が飛び散った。私の舌に触れる。おいしい。どんな高級ワインでもこの味にはかなわないだろう。
血生臭い匂いの漂う部屋の中で、私はただひたすら幸福を感じていた。
どうでしょうか? 短く文章を切った場合の方が読みやすいと感じませんでしたか?
文章の長さに明確な基準はありませんが、どんなに長くなっても50字前後で文を切ることを意識すると読みやすい文章ができるとおもいます。
ただ、実力のある作家さんの場合「長い一文を魅力的に読みやすく書くことができる」ので、一概に短くすることが良いとは言えません。「自分の持ち味は長い文章だ!」なんて思ってる方は、その良さを存分に活かしてください。
また、文末が連続して「た」や「だ」になるなど、同じ発音になるのもなるべく避けた方が無難です。
6. 最初の一文目は「主人公の性格」or「重要な登場人物の性格」or「作品の世界観」をあらわす文章を書くのが良い。
色んな場面の文章が書けたけど、やっぱり「冒頭の一文」に悩むという方もいるでしょう。僕も冒頭の一文の書き方については日頃悩んでいるのでその気持ちわかります。
冒頭の一文に関して、特に書き方の正解は存在しませんが、僕個人としては以下のいずれかが当てはまる一文を心がけています。
・「話の続きから始まったような一文」
・「後ろから石を投げられたような一文」
・「なんとなく作品の世界観が分かる一文」
・「主人公もしくは重要人物の性格をあらわした一文」
例としてあげるのは少し有名すぎるのでアレですが「我輩は猫である」の冒頭はこれらの要素を含んだ素晴らしい一文だと言えます。
たった一文だけで「一人称で描かれた物語」「人間ではなく猫の視点で書かれるという斬新な世界観」「語り手は『我輩』なんていう言葉を使うような『偉そうな』性格をしている」という3点を読者に理解させることができるのです。また、「え、猫!?」と虚をつかれたような気持ちにさせるのも読者の目を惹きますよね。
この理論でいくと「五月雨空星バラバラ殺人事件」の場合、「主人公の女の子が狂っている」「主人公の女の子が五月雨先輩のことが好き」「血なまぐさい話」といういずれかの要素を含んだ一文が適切だと考えられます。候補をいくつか出してみました。
・空星先輩空星先輩空星先輩空星先輩空星先輩……
・名前に「空」という文字が入った人を好きになったのは二回目だった。
・まだ血の味がする。
今回は「血なまぐさい話」という要素を含みながらも、物語の続きからはじまったような感覚になる一文、「まだ血の味がする」をチョイスしたいと思います。
7. 推敲、そして完成。
小説を一度完成させたら、少し時間を置いてからもう一度読んで見てください。最初に完成させたときには違和感を感じなかった文章に、修正点がいくつも見つかると思います。
納得がいく出来になれば、あなたの小説は完成です。批評会を待ちましょう!
終わりに
いかがでしたか? 少しでも参考になるような情報があれば幸いです。
また、「五月雨空星バラバラ殺人事件」が読みたいという方は下に「Word版」と「Webで読める用」の二種類を貼っておいたので良かったら読んでみてください。「俺ならもっとうまく五月雨空星を殺せるぜ!」なんて思って小説創作の意欲が湧くようなものになって欲しいです。では、今回はこのへんで
五月雨空星バラバラ殺人事件 城寺流勝
まだ血の味がする。
もう二時間も経っているのに、私の口の中は空星先輩一色だった。
口元を拭う。手が汚れる。いや、汚れたんじゃない。むしろ綺麗になったのだ。私の汚れた手が、空星先輩の手で浄化されたのだ。
そう思ったら、なんだか嬉しくなってきた。手は赤を通り越して既に黒ずんでいる。でも関係ないの。黒が汚いなんて誰が決めたの? そんなの固定概念じゃない?
部屋の外でサイレンが鳴り響く。気づかれたみたい。誰かが通報したのだろう。でも、捕まったってもうどうでもいい。
べちゃりと足元で音がした。血だまりに何かが落ちたようだ。振り向く。本棚から一冊何かが落ちていた。
『好き好き大好き超愛してる』
あはっ! 空星先輩が大好きな舞城王太郎の本だ。私も大好き愛してる。
本を拾い、表紙に付着した血を舐め取った。下を見る。空星先輩の目が開いていた。ダメよ見ちゃ。こんな姿見せられない。
私は、先輩の顔に手を添えた。瞼を下ろす。ゆっくり眠りなさい。
そして、私は先輩の顔から手を引いた。
けれど、手を離しても、冷たい肌の感触は手のひらから消えてくれなかった。死体の冷たさは、私の肌にしつこくまとわりつく。
私は目を瞑る。そして思い返していた。
まだ、先輩の肌が温かかった頃の日々を。
×××
名前に「空」という文字が入った人を好きになったのは二回目だった。
一人目は高校時代のバスケ部の空野雄太先輩。でも空野先輩に関してはみんな好きだったから私も好きになっちゃったみたいな感じ。そして二人目が目の前にいる五月雨空星先輩。空野先輩の方がちょっぴりイケメンだけど、空星先輩の方がちょっぴり優しい人だった。
「中野キャンパスは、ホントクソ」
これは空星先輩の口癖だった。「何がクソなんですか?」と私が聞くと「キャンパスはいいんだけど、集まってくる人がクソ」みたいなことを言う。これもいつものフレーズで、そして最後に「まあクソというのは俺も含めてなんですけどね」なんて付け加えるのがお決まりだった。
はじめは「先輩はクソじゃないですよ」なんていうふうに言っていた私だったけど、そういうことを言うと空星先輩は決まって困った顔をするので、最近は「先輩が一番クソですよ」と言うようにしている。そしたら先輩は「うるせえ!」なんてふうに言ってくるから、私はいつも笑ってしまう。
「一番ではないですよ。一番は僕じゃない」
「じゃあ誰が一番なんですか?」
「総合数理学部に『くま』というヤツがおりまして」
「五月雨、聞こえてるぞ」
野太い声がして振り返ると、筋肉質な体格をした熊谷先輩の手が空星先輩の細い腕を掴んでいた。「ゲッ! くま今日来ないって言ってたじゃん!」と空星先輩が驚いたその時、熊谷先輩のサングラスがキラリと輝いた。腕をひねる。グキリと音がした。
「痛い痛い痛い痛い! 許してよぉ~」
空星先輩がきいきい鳴くので、私は声を出して笑ってしまった。熊谷先輩は文芸部員とは思えないガッチリした体をした人で、軍人みたいな体術が使える。何で文芸部に入っているのかホントに謎だった。高校の時はボディビルディング部に所属していたらしい。
「はいはい、おしゃべりはやめにして、そろそろ批評会の方を始めたいと思います」
呆れた声で支部長の八雲先輩が言うと、会議室は静まった。私の所属する文芸サークルは、いつもこんなふうにして活動が始まる。
批評会とは、サークルのメンバーが書いた小説の感想を言い合うことをいう。作者はどのようにすればもっと良い作品がかけるようになるのかを他人に教えてもらうことで、自分の小説創作の腕を上げる。逆に批評する側は他人の作品の批評をすることで、小説を読む目を養う。ただ注意するべきは、相手のことをリスペクトした批評をするということ。相手のことを傷つけるのが目的にしてはいけない。
このサークルの良いところは、みんなの感想が温かく、また本当に相手の作品がよくなるようなアドバイスがされているところにある。みんなちゃんと良い点悪い点をあげながら、心のこもったコメントをしてくれる。
「読ませていただいたピヨ。読んでいて頭痛がしたピヨ。後半以降は良い睡眠剤になったピヨ。正直よくこんなクソつまんない小説かけるなと逆に感心したピヨ。小説書く前に日本語を勉強してこいと思ったピヨ。以上だピヨ」
首から上が鳥であること以外は平凡な容姿をした松葉先輩の的確なアドバイスを最後に、一作目の批評が終わった。次は私の作品だ。一年生の私にとって、はじめての批評。正直、緊張する。少しだけ恐い。肩に力が入る。
ポンッと、背中を軽く叩かれた。
温かい手だった。
「大丈夫だよ。面白かったから」
空星先輩の声がした。なんだか照れくさい。肩の力が抜けると同時に、頬が熱くなるのを感じた。
顔を見られるのが嫌で、私は空星先輩の方を振り向くことができなかった。
×××
結局、私の作品は「可もなく不可もなく」といった評価に落ち着き、「まぁ一個前に批評したの城寺とかいうヤツの小説よりは読めたピヨ」くらいの評価がもらえた。私は嬉しいと思うと同時に、「次回はこれに負けない小説を書くぞ!」と思った。
「泥沼、この後暇か?」
帰り際に空星先輩に声をかけられ、私はドキッとした。動揺を隠すようにゆっくりと「あ、明日一限あるので遠慮しておきます」と嘘をつく。空星先輩がまゆをひそめた。
「……明日、土曜日だぞ?」
私はそう言われて少し焦った。「ぜ、ゼミのみんなで集まるんです」とゼミなんか入ってないのにそう言うと、先輩は何か聞きたそうな顔をしながらも「そっか」と納得してくれた。「帰り、気をつけろよ」と言われ、私は「はい」と返す。
本当は何も用事なんてないのに、何でこんなこと言っちゃったんだろう?
私は少し後悔した。
今度誘われた時は、素直についていこうと思った。
×××
それから数回。空星先輩と数回、飲む機会があった。
飲みに行くといっても未成年の私は決まってジンジャエールを頼み、空星先輩だけが生ビールをぐびぐび飲んでいる不思議な状態なんだけど。
空星先輩は弱いくせにお酒が大好きで、私よりもすぐにダメになる。話す内容はいつも好きな漫画の話か小説の話で、なんていうか「プライベート」な内容は避けていた。先輩は私のことなんて全然聞かないし、私も先輩のことは聞かない。女の子の好みとか、彼女はいるのかとか、そういうこと聞きたかったけど聞けなかった。
空星先輩と会うのは毎週一回の批評会と、その後の飲み会くらいで、それ以外は特に会うことはしなかった。
私は先輩のLINEを知らなかったし、Twitterだって知らない。だから会おうにも会えない。でも、そういうことを聞くのがなんだか恥ずかしくて聞けなかったし、空星先輩も特に聞いてきたりしなかった。なんだか、それが寂しかった。
もっと私に関心を持って欲しい。
気づけば私は、作品の批評のためではなく空星先輩と会うためにサークルに行っていた。作品よりも私の事を知って欲しかった。化粧もうまくなった。服だっておしゃれになった。批評会の日の朝は、まるで誰かとデートする前みたいに準備した。けれど、距離は全然縮まらなかった。
春が終わり、夏を超えて、秋が通り過ぎ、冬を迎える。
十二月になる頃には、私は立派なストーカーとして成長していた。縮まらない距離と反比例するように、私は先輩のことを知っていた。先輩の通っていた高校の名前も中学の名前も妹さんのお名前も大学の学生番号も知ってたし、部屋に上がったことはないけどアパートの住所も知っていた。服のサイズも靴のサイズも、ほくろの位置も、大学の時間割もみーんな知っていた。だけど、距離は全然縮まらなかった。それどころか遠くなっているような気がした。
あるとき、久しぶりに空星先輩と二人だけで飲む機会があった。私は嬉しくて、いつもより着飾った格好で行った。
だけど、そこで聞いた言葉は残酷だった。
「お前さぁ……なんか変わったよな」
空星先輩はお酒を飲むと正直になる。ギクリとした。私は何度も瞬きしながら、「な、何がですか?」と聞き返す。
「作品は書かなくなったし、批評もしなくなった。批評会の時はずっとスマホいじってるし。なんていうか、いや別にいいんだけど」
背筋が冷たくなった。返事を返そうとしたのに、声がうまく出ない。先輩はこちらを見なかった。酔って真っ赤になった顔で、しゃべり続ける。
「俺はさ、真面目にさ、作品のことを批評してね、また作品を書くお前が好きだったな」
「……はい」
「なんていうかさ、最初に書いた小説みたいな青い話をもっと読みたかったんだね。別に評論とかエッセイでもいいんだけどさ」
「……はい」
「作品が昔の俺みたいでさー、本の趣味とかも似通っててさー……」
先輩の話はしばらく続いた。空星先輩は私の見た目なんてこれっぽっちも見ていなかった。いや、見た目どころか「私」を見ていない。見ているのは「書いている小説」と「各作品に対する私の考え」だけ。
私自身のことなんてどうでもいいんだ。
「……先輩は、私のことどう思ってますか?」
最後に聞いておきたかった。
だけど当然、私の欲しかった答えは返ってこなかった。
「薄っぺらい女」
もう聞きたくない。
先輩がスマホを取り出して画面を指さしていた。けど、私はもうどんな話だろうと聞きたくなかったからその場から逃げ出した。「おい!」という先輩の声が後ろからする。私は、わんわん泣きながらその場を立ち去った。
×××
外は雨が降り続いている。
私は、布団の中で一人うずくまる。
部屋中に貼り付けられた空星先輩の写真を剥がし、破り捨て、部屋はめちゃくちゃになっていた。先輩から黙って採取した髪の毛のサンプルも散乱している。もう部屋の中も私の心もぐちゃぐちゃだ。
涙を出しきり、目が枯れきる。瞼を閉じた。
空星先輩空星先輩空星先輩空星先輩……
心のなかが、うめつくされる。
先輩が欲しい先輩が欲しい先輩が欲しい。
けれど、欲しかったものは手に入らない。
ならばどうする?
他人の手に渡るくらいなら……
「……私の手で壊しちゃえばいいんだ」
自然と口端が釣り上がった。笑いが止まらなかった。
あははははははは! 壊しちゃえ壊しちゃえ!
スマホが震えた。画面を見る。空星先輩の電話番号から着信。直接聞いたわけじゃないし、電話もしたことない。けれど、私は知ってる。なぜかって?
私は先輩のことが大好きだから。
『もしもし、五月雨だけど明日会えるかな……』
×××
初めてあがる空星先輩の家。部屋が先輩の匂いでいっぱいになっている。本に囲まれた部屋。
「あのさ、昨日は悪かったなと思って」
ううん、いいんです先輩。
「いや、あの酒呑んでたこともあってさ、その」
ううん、いいんです先輩。
「なんていうかまさかお前があそこで走り去るなんて」
もう、いいんです。
私は、あらかじめ背中に隠していた包丁を突き出した。空星先輩の柔らかいお腹に刺さる。先輩は叫び声もあげずにただ呆然としていた。何が起こったのか分からないのだろう。
「あはは!」
包丁を引き抜き、今度は肩をぶっ刺した。そこでようやく先輩が暴れだした。「あああああああああああ」とかかわいい声出しながら倒れこむ。
「まだだよ先輩?」
包丁がもう一度突き刺さる。私の大好きな空星先輩の柔らかい肌に。
傷口から噴水のように血が飛び散った。私の舌に触れる。おいしい。どんな高級ワインでもこの味にはかなわないだろう。
血生臭い匂いの漂う部屋の中で、私はただひたすら幸福を感じていた。自分の大好きな先輩が自分のためだけに声をあげていて、私は血を浴びる。馬乗りになって、身動きをとれなくした。先輩は女の子みたいに体が細いから、私でも簡単に体の動きを封じられる。
刺した。叫んだ。刺す。叫ぶ。楽しい、楽しい。楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい……。
刺す。
叫び声がない。
「あれー?」
私は先輩の頭をこんこんした。返事がない。
「こわれちゃったよー。先輩がこわれちゃったーよ」
肩を揺する。先輩の首がぶんぶん揺れる。手を握った。
温かかった手はそこにはなかった。
私は先輩の温かい部分を探した。もう既にいろんな箇所が冷めている。ない。どこにもない。
その時、先輩のお腹からドボドボと血が垂れた。私の手にかかる。
「……あはっ! あったかい!」
私はそれを手ですくって飲んだ。粘り気が合ってドロドロした血。でも、あったかかった。
私は先輩の腕を包丁でぎーこぎーこした。その後に足をギーコギーコした。ぶちんと音を立てて千切れる。血を飲んだ。でも、手足の血は既に冷め始めていた。
だから、私は内蔵をいじることにした。
お腹をえぐり、暖かい血を飲む。血だけじゃ足りないから、お肉を食べる。先輩を食べることで、私は手に入れられなかった何かを手にした気がした。私はこの人を手に入れた気がした。
狭い部屋で、真っ赤な先輩と二人ぼっち。
徐々に冷たくなっていく先輩の体を、私はめちゃくちゃにした。世界は私と先輩だけだ。そこに邪魔はいらない。
電気を消した。暗闇が包む。
私は、包丁の先をなめた。
刃は少しだけ甘い味がした。
コメントをお書きください
匿名希望 (土曜日, 08 8月 2015)
泥沼と空星の元ネタはどちらも男なのですが、どういった意図があるのでしょうか?ご返答願います。